科学するHIIT

高強度インターバルトレーニング(HIIT)による骨格筋タンパク質品質管理機構の調節:ユビキチン-プロテアソーム系とオートファジーの役割

Tags: HIIT, 骨格筋, タンパク質品質管理, ユビキチンプロテアソーム系, オートファジー

はじめに:骨格筋恒常性維持におけるタンパク質品質管理の重要性

骨格筋は、運動機能だけでなく全身の代謝恒常性においても中心的な役割を担う組織です。その機能の維持・向上には、細胞内のタンパク質を適切な状態に保つ「タンパク質品質管理(Protein Quality Control; PQC)」システムが極めて重要となります。細胞機能に不可欠なタンパク質の合成、折り畳み、局在、そして適切に機能しなくなったタンパク質や細胞内構造の分解・除去といった一連のプロセスは、骨格筋の適応能力に大きく影響します。

運動、特に高強度インターバルトレーニング(High-Intensity Interval Training; HIIT)は、骨格筋に強い刺激を与え、様々な生理的および分子的な適応を引き起こします。これらの適応には、筋タンパク質の合成亢進だけでなく、既存のタンパク質や損傷したオルガネラの効率的な除去も含まれます。PQCシステムは、この「古いものを壊し、新しいものを作る」というリモデリングプロセスにおいて中心的な役割を果たしていると考えられています。

本稿では、骨格筋における主要なPQC機構であるユビキチン-プロテアソーム系(Ubiquitin-Proteasome System; UPS)およびオートファジー・リソソーム経路(Autophagy-Lysosomal Pathway; ALP)に焦点を当て、HIITがこれらのシステムにどのように影響し、骨格筋の機能的・形態学的適応に貢献するのかを、最新の研究知見に基づいて科学的に深掘りしていきます。

骨格筋における主要なPQCシステムの概要:UPSとオートファジー

骨格筋細胞において、主要なタンパク質分解経路は主に二つあります。一つはユビキチン-プロテアソーム系(UPS)、もう一つはオートファジー・リソソーム経路(ALP)です。

ユビキチン-プロテアソーム系(UPS)

UPSは、主に短寿命タンパク質、誤って折り畳まれたタンパク質、あるいは機能が損なわれた特定のタンパク質の分解を担います。このシステムでは、まずターゲットとなるタンパク質に「ユビキチン」という小さなタンパク質が連続的に結合(ユビキチン化)されます。このユビキチン鎖は、プロテアソームという巨大なタンパク質分解複合体に対する「標識」として機能します。プロテアソームはユビキチン化されたタンパク質を認識し、内部でアミノ酸や短いペプチドへと分解します。

骨格筋において、UPSは特に筋萎縮に関連するタンパク質分解において重要な役割を果たします。例えば、F-boxタンパク質であるatrogin-1 (MAFbx) やMuRF1 (Muscle RING Finger 1) といった筋特異的なユビキチンリガーゼ(E3酵素)は、筋タンパク質(例:ミオシン重鎖、アクチン、トロポミオシンなど)をユビキチン化し、その分解を促進することが知られています。複数の研究(例:特定のレビュー論文)は、これらのユビキチンリガーゼの発現レベルが、様々な筋萎縮条件下で上昇することを報告しています。

オートファジー・リソソーム経路(ALP)

オートファジーは、「自己を食べる」という意味を持ち、細胞内の不要なタンパク質凝集体、損傷したオルガネラ(ミトコンドリア、小胞体など)、あるいは病原体などを分解・除去するバルク分解システムです。オートファジーにはいくつかのタイプがありますが、真核細胞で最も研究が進んでいるのはマクロオートファジーです。マクロオートファジーでは、隔離膜(phagophore)がターゲットを囲み込み、オートファゴソームという二重膜構造を形成します。オートファゴソームはリソソームと融合し、内部の加水分解酵素によって内容物が分解されます。この過程を「オートファジー流束(Autophagic flux)」と呼び、単にオートファゴソームが増加するだけでなく、分解が適切に進行しているかどうかの指標となります。

骨格筋におけるオートファジーは、運動によるエネルギー需要の増加に対応するための細胞内構成要素のリモデリング、損傷オルガネラの除去、そしてアミノ酸供給源としての機能など、様々な役割を果たしていることが示唆されています。運動によってオートファジー関連遺伝子(Autophagy-related genes; Atg)の発現やオートファジー流束が変化することは、複数の研究グループによって報告されています。

HIITがPQCシステムに与える影響に関する科学的知見

HIITは、その強度と間欠的な性質から、骨格筋に対してユニークな刺激を与えます。近年の研究では、HIITがUPSとオートファジーの両システムに影響を与えることが示されていますが、その応答はプロトコルや研究デザインによって異なる場合があります。

HIITとユビキチン-プロテアソーム系

HIITが骨格筋UPSに与える急性および慢性的な影響については、依然として研究途上の側面もあります。急性的な高強度運動は、一時的にプロテアソーム活性を上昇させる可能性が複数の動物研究で示されています。これは、運動誘発性のタンパク質損傷への応答や、代謝ストレスへの適応メカニズムの一部として考えられます。

一方で、HIITの慢性的な効果としては、筋タンパク質合成の促進と同時に、一部の筋萎縮関連ユビキチンリガーゼ(例:atrogin-1, MuRF1)の発現が抑制される可能性も示唆されています(特定のヒト介入研究)。しかし、これは運動の総負荷量や栄養状態など、他の要因にも影響される複雑な応答です。また、UPSは特定の調節タンパク質のターンオーバーにも関与しており、例えば運動によって活性化されるシグナル分子の分解制御などが、HIITによる適応に関わる可能性も指摘されています。

HIITとオートファジー

HIITが骨格筋オートファジーに与える影響については、比較的多くの研究が行われています。急性的なHIITセッションは、骨格筋においてオートファジー関連遺伝子(例:Atg遺伝子)の発現増加、オートファジー関連タンパク質(例:ULK1, Beclin 1, LC3-II)レベルの上昇、そしてオートファゴソームの形成促進を誘導することが、様々な動物モデルやヒト研究で一貫して報告されています(図Xに示すような分子マーカーの変化が観察されることが多い)。

重要なのは、このオートファジーの活性化が単なるオートファゴソームの蓄積ではなく、適切なリソソームとの融合と分解に至る「オートファジー流束」の亢進を伴うかどうかです。運動後のオートファジー流束を評価するための研究手法(例:リソソーム阻害剤クロロキンを併用したLC3-IIレベルの変化の評価など)を用いた解析から、HIITを含む運動負荷は、骨格筋においてオートファジー流束を亢進させることが示唆されています。これは、運動によって生じた損傷オルガネラ(特にミトコンドリア、これを特異的に分解するオートファジーを「ミトファジー」と呼びます)やタンパク質凝集体を効率的に除去し、細胞内環境を「クリーンアップ」するプロセスが活性化されていることを意味します。

慢性的なHIITトレーニングの効果としては、安静時のオートファジー基礎レベルが変化する可能性や、運動後のオートファジー応答性が増強される可能性が考えられていますが、この点についてはさらなる研究が必要です。

UPSとオートファジーのクロストークとHIITの影響

UPSとオートファジーは独立したシステムではなく、細胞内のPQCネットワークとして互いに協調し、あるいはクロストークすることが知られています。例えば、一部の選択的オートファジーのアダプタータンパク質(例:p62/SQSTM1, NBR1)は、ユビキチン化されたターゲットとLC3の両方に結合することで、UPSによる分解が困難なユビキチン化されたタンパク質凝集体をオートファジー経路に誘導する役割を果たします。運動はこのクロストークに影響を与える可能性が示唆されています。

HIITがUPSとオートファジーの相互作用にどのように影響し、特定の種類の不要物を効率的に除去するのか(例:ミトファジーによる損傷ミトコンドリアの除去、UPRミトファジーによるERストレス応答との関連など)は、今後の重要な研究課題です。これらの経路の協調的な調節が、HIITによる筋機能改善や代謝適応に不可欠であると考えられています。

PQCシステム調節がHIITによる骨格筋適応に果たす役割

HIITによるPQCシステムの活性化は、単なる分解プロセスに留まらず、骨格筋の様々な適応に貢献すると考えられています。

  1. オルガネラの品質管理: 特に運動によって生じやすいミトコンドリアの損傷や機能低下に対して、ミトファジーを含むオートファジー経路が、不良ミトコンドリアを選択的に除去することで、残存するミトコンドリアの機能維持や新規ミトコンドリア生合成のためのスペース確保に貢献します。これにより、運動耐容能の向上や代謝機能の改善が促進されると考えられています。複数の研究(例:ある細胞生物学的な検討)は、運動によるミトコンドリア機能改善にミトファジーが不可欠であることを示唆しています。
  2. 不要タンパク質の除去: 誤って折り畳まれたタンパク質や酸化・グリケーションなどで損傷したタンパク質は、細胞機能障害の原因となり得ます。UPSやオートファジーはこれらの不要物を効率的に除去することで、細胞の健全性を維持します。HIITによるこれらの経路の活性化は、運動によるストレス応答として生じた不要物を迅速にクリアし、次のトレーニングセッションへの備えを強化すると考えられます。
  3. シグナル伝達の調節: PQCシステムは、シグナル伝達分子や転写因子のターンオーバーを制御することでも細胞応答を調節します。例えば、UPSによる特定のキナーゼやフォスファターゼの分解はシグナル経路の活性を終結させます。また、オートファジーは細胞内のコンパートメント化されたシグナル伝達を調節する可能性も示唆されています。HIITがこれらのシステムを介して、運動応答シグナル(例:AMPK経路、mTOR経路、MAPK経路など)の動態を制御している可能性があります。

これらの役割を通じて、HIITによるPQCシステムの適切な調節は、筋肥大(タンパク質合成亢進とのバランス)、筋力・パワーの向上、ミトコンドリア機能・密度の上昇、ひいては全身の代謝改善といった適応に寄与していると考えられます。

研究手法と今後の課題

骨格筋におけるPQCシステムとHIITの関係を研究するためには、様々な手法が用いられています。

今後の研究課題としては、以下のような点が挙げられます。

表Yは、異なる研究で報告されたHIITプロトコルと、それによる主要なPQC関連マーカーの変化傾向をまとめた概念図を示すものとして役立つでしょう。しかし、これらの結果は実験条件に大きく依存することに注意が必要です。

結論

高強度インターバルトレーニング(HIIT)は、骨格筋のタンパク質品質管理(PQC)システム、特にユビキチン-プロテアソーム系(UPS)およびオートファジー・リソソーム経路(ALP)に対して、急性および慢性的な影響を与えることが最新の研究によって示唆されています。運動によって生じた不要なタンパク質や損傷した細胞内構造(ミトコンドリアなど)の効率的な除去は、骨格筋の機能維持、リモデリング、そして適応応答において重要な役割を果たしていると考えられます。

HIITによるPQCシステムの活性化は、単に分解を促進するだけでなく、ミトコンドリア機能の改善や細胞内シグナル伝達の調節を通じて、運動耐容能の向上や全身代謝の改善といった様々な生理的適応に寄与している可能性が強く示唆されています。

しかしながら、HIITの具体的なプロトコルとPQCシステム応答の詳細な関連性、UPSとオートファジーのクロストークに対するHIITの影響、そしてこれらの分子メカニズムが実際の骨格筋機能や形態の変化にいかに繋がるのかについては、まだ多くの未解明な点が残されています。今後の研究では、これらの問いに答えることで、HIITによる骨格筋適応メカニズムの全体像をより深く理解し、特定の目的(例:パフォーマンス向上、疾患予防・改善)に向けた最適なトレーニングプロトコル設計や、PQCシステムを標的とした新たな介入法の開発に繋がる知見が得られると期待されます。