高強度インターバルトレーニング(HIIT)による骨格筋-肝臓クロストーク調節の科学:代謝性適応における役割と分子メカニズム
はじめに
高強度インターバルトレーニング(HIIT)は、その効率的な心肺機能向上効果や代謝改善効果から、近年広く注目されています。特に、短期間で顕著な代謝性適応を誘導するメカニズムは、スポーツ科学、運動生理学、分子生物学分野において活発な研究対象となっています。HIITによる全身の代謝調節、特に糖・脂質代謝の改善には、主要な代謝臓器である骨格筋と肝臓の機能変化が深く関与しています。これらの臓器は単独で機能するのではなく、相互に情報伝達を行う「クロストーク」を介して全身の恒常性維持に貢献しています。
本記事では、最新の研究論文に基づき、HIITが骨格筋と肝臓間のクロストークにどのような影響を与え、それがどのように全身の代謝性適応に繋がるのかについて、分子メカニズムを中心に科学的に深掘りします。特に、運動によって骨格筋や肝臓から分泌される生理活性物質(マイオカインやヘパトカインなど)を介した情報伝達に焦点を当て、HIITが誘導する骨格筋-肝臓間の「対話」が、糖・脂質代謝改善やインスリン感受性向上といった代謝適応に果たす役割について解説します。
骨格筋-肝臓クロストークの基礎
骨格筋は全身のブドウ糖取り込みの大部分を担い、インスリン感受性の主要な決定因子の一つです。一方、肝臓は血糖恒常性の維持において中心的な役割を果たしており、糖新生やグリコーゲン分解によるブドウ糖放出、さらには脂質代謝の中心的な部位でもあります。これらの臓器は、血流を介して様々な分子シグナル物質を交換し、互いの機能や全身の代謝状態を調節しています。この臓器間の情報伝達は、特に「マイオカイン」や「ヘパトカイン」といった分泌タンパク質が重要なメディエーターとなります。
マイオカイン: 骨格筋細胞から分泌される生理活性物質の総称です。運動刺激に応答して分泌が変化するものが多いことが知られており、骨格筋自体の機能調節だけでなく、肝臓、脂肪組織、膵臓、脳など、全身の様々な臓器に作用し、代謝、炎症、免疫機能などを調節すると考えられています。 ヘパトカイン: 肝臓から分泌される生理活性物質の総称です。肝臓の機能調節に加え、骨格筋を含む全身の臓器に作用し、糖・脂質代謝やエネルギー代謝などを調節します。
運動は骨格筋と肝臓の代謝状態を大きく変化させると同時に、これらの臓器からのマイオカインやヘパトカインの分泌パターンを変化させます。特に高強度の運動であるHIITは、強力な代謝ストレスを骨格筋と肝臓に与えるため、これらのクロストークを介した適応応答が強く誘導されると考えられています。
HIITが骨格筋から肝臓へ送るシグナル(マイオカインを介した調節)
HIITによって骨格筋から分泌されるマイオカインは多岐にわたりますが、肝臓機能に影響を与え、全身の代謝改善に寄与するものとして、いくつかの候補が特定されています。
1. インターロイキン-6 (IL-6): 運動中に骨格筋から最も多く分泌されるサイトカインの一つであり、主要なマイオカインと考えられています。IL-6は運動強度に依存して分泌が増加する傾向があり、高強度のHIITでは特にその分泌応答が大きいことが複数の研究で報告されています(例えば、特定の先行研究グループの研究を参照)。運動によって分泌されたIL-6は、パラクリン作用(骨格筋内)やオートクリン作用(骨格筋内)だけでなく、血流を介して全身に作用する内分泌作用も持ちます。
肝臓において、IL-6は主にJAK-STAT経路などを活性化することが示唆されています。急性運動時には、IL-6は肝臓からのブドウ糖放出(糖新生やグリコーゲン分解の促進)を刺激し、運動に必要なエネルギー供給に貢献すると考えられています。一方、慢性的な運動トレーニング、特にHIITのようなトレーニングによって誘導されるIL-6シグナル伝達は、異なる役割を果たす可能性が研究されています。例えば、長期的なHIITによって誘導されるIL-6応答が、肝臓の脂質代謝(脂肪酸酸化の促進や脂肪合成の抑制)やインスリン感受性の向上に寄与するメカニズムが検討されています。ただし、IL-6は炎症性サイトカインとしても知られており、その作用は状況(急性/慢性、高強度/低強度、疾患状態など)によって異なるため、HIITによるIL-6シグナルの長期的な生理的意義については、さらなる研究が必要です。
2. FNDC5/Irisin: PGC-1αの誘導性タンパク質であるFNDC5は、骨格筋で発現し、運動によって分泌されると切断されて「Irisin」として血中に放出されます。Irisinは特に脂肪組織におけるベージュ脂肪細胞の誘導や熱産生亢進作用が注目されていますが、肝臓機能への影響も示唆されています。複数の研究(例:特定の動物モデルを用いた研究)では、Irisinが肝臓における糖新生を抑制したり、脂質代謝を改善したりする可能性が報告されています。HIITがFNDC5発現やIrisin分泌を効果的に増加させるという報告もあり、これが骨格筋から肝臓への重要なシグナル伝達経路の一つとして代謝適応に関与していると考えられています。Irisinの肝臓における分子メカニズムとしては、特定の受容体を介したシグナル伝達経路の活性化が候補として研究されています。
3. FGF21: 繊維芽細胞増殖因子21(FGF21)は、主に肝臓、脂肪組織、骨格筋などで産生される内分泌因子で、糖・脂質代謝調節に重要な役割を果たします。運動によって骨格筋からのFGF21産生が増加することが示されており、マイオカインとしての機能も持ち得ると考えられています。FGF21は肝臓の代謝にも影響を与え、肝臓の脂肪蓄積を抑制したり、特定の代謝酵素の発現を調節したりする可能性が報告されています。HIITが骨格筋および全身循環中のFGF21レベルに与える影響については、研究間でばらつきも見られますが、FGF21シグナルがHIITによる全身の代謝改善に寄与している可能性が示唆されています。
4. その他のマイオカイン: IL-15、BDNF(脳由来神経栄養因子、骨格筋でも産生)、Myostatin(筋成長抑制因子)など、多くのマイオカインが同定されており、これらの一部が肝臓機能に直接的または間接的に影響を与える可能性が研究されています。例えば、Myostatinは筋量の調節因子として知られますが、肝臓の脂質代謝にも影響を与える可能性が報告されており、HIITによるMyostatinの発現抑制が骨格筋量維持や代謝改善に寄与するメカニズムの一部である可能性も検討されています。
これらのマイオカインを介した骨格筋から肝臓へのシグナル伝達は、HIITによる肝臓の糖新生抑制、脂肪蓄積抑制、インスリン感受性向上などの代謝適応に重要な役割を果たしていると考えられます(図1に骨格筋から肝臓への主なシグナル伝達経路の概要を示します)。
HIITが肝臓から骨格筋へ送るシグナル(ヘパトカインを介した調節)
肝臓から分泌されるヘパトカインの中にも、運動刺激に応答して分泌が変化し、骨格筋機能や全身の代謝に影響を与えるものが存在します。HIITがこれらのヘパトカインを介したシグナル伝達をどのように調節するのかについても研究が進められています。
1. FGF21: 先述の通りFGF21は骨格筋でも産生されますが、主な産生臓器は肝臓であり、ヘパトカインとしての作用がより強く研究されています。肝臓で産生されたFGF21は、骨格筋の糖取り込み(GLUT4の発現増加など)や脂肪酸酸化を促進する作用を持つことが示唆されています。また、骨格筋のミトコンドリア生合成を促進する可能性も報告されています。HIITが肝臓からのFGF21分泌に与える影響は、トレーニング期間やプロトコルによって異なる可能性があり、詳細な機序についてはさらなる解明が待たれます。
2. Fetuin-A (α2-HS-glycoprotein): 主に肝臓で産生される糖タンパク質であり、インスリン抵抗性との関連が指摘されています。血中Fetuin-A濃度が高いとインスリン抵抗性が増大する傾向があることが報告されています。運動、特に有酸素運動によってFetuin-Aレベルが低下することが示されていますが、HIITがFetuin-Aレベルに与える影響、およびそれが骨格筋のインスリン感受性にどのように影響するのかについては、まだ十分な研究が進んでいません。HIITによる代謝改善がFetuin-Aを介した肝臓-骨格筋クロストークの変化によって部分的に説明される可能性も考えられます。
3. Sex Hormone-Binding Globulin (SHBG): 性ホルモン結合グロブリン(SHBG)も主に肝臓で産生され、性ホルモン(テストステロンやエストラジオールなど)を血中で輸送するキャリアタンパク質です。SHBGレベルは運動によって上昇することが報告されており、特にインスリン抵抗性やメタボリックシンドロームのリスク低下との関連が示唆されています。SHBGが骨格筋の機能や代謝に直接的に作用する分子メカニズムはまだ完全には解明されていませんが、性ホルモンの生物学的利用能を調節することで間接的に影響を与える可能性や、性ホルモン非依存的な経路を介した作用も研究されています。HIITによるSHBGレベルの上昇が、肝臓-骨格筋クロストークを介した代謝改善に寄与している可能性が考えられます。
これらのヘパトカインは、骨格筋の糖取り込み、脂質酸化、ミトコンドリア機能などを調節することで、HIITによる骨格筋の代謝適応に貢献し、全身の代謝改善に繋がる可能性が示唆されています(図1を参照)。
骨格筋-肝臓クロストーク調節の生理的意義
HIITによる骨格筋と肝臓間のクロストーク調節は、単一の臓器機能の変化に留まらず、全身の代謝恒常性維持に重要な生理的意義を持つと考えられています。
- 血糖コントロールの改善: HIITは骨格筋のブドウ糖取り込み能力とインスリン感受性を向上させますが、同時に肝臓の糖新生を抑制することで、食後および空腹時の血糖値を安定化させる効果が期待できます。マイオカイン(例: Irisin)による肝臓糖新生抑制や、ヘパトカイン(例: FGF21)による骨格筋ブドウ糖取り込み促進といったクロストークは、これらの効果を統合的に説明するメカニズムの一部と考えられます。
- 脂質代謝の改善: 肝臓はコレステロールやトリグリセリドの代謝の中心であり、骨格筋は脂肪酸を主要なエネルギー源として利用します。HIITは骨格筋の脂肪酸酸化能力を亢進させると同時に、肝臓の脂質合成を抑制し、脂肪酸酸化を促進する方向に作用する可能性があります。FGF21などのマイオカイン・ヘパトカインはこの過程に関与し、血中脂質プロファイルの改善に貢献することが示唆されています。
- インスリン感受性の向上: 骨格筋と肝臓におけるインスリン感受性の向上は、HIITによる代謝改善の主要な成果です。両臓器間の分子シグナル伝達の変化は、インスリンシグナル伝達経路(例: PI3K/Akt経路)の感受性を高めたり、インスリン抵抗性に関与する分子(例: 炎症性サイトカイン、セラミドなど)のレベルを調節したりすることで、全身のインスリン感受性向上に寄与していると考えられています。
このように、HIITは骨格筋と肝臓の間で高度に協調された分子シグナル伝達ネットワークを活性化し、全身の代謝機能を有益な方向にリモデリングすると考えられています。
研究手法に関する考察
骨格筋-肝臓クロストークを研究するためには、複数の研究手法を組み合わせるアプローチが不可欠です。ターゲット読者である研究者や学生の方々にとって役立つよう、代表的な手法とその応用について概説します。
- 分泌因子・ホルモンの測定: 運動介入前後の血清や血漿中のマイオカイン、ヘパトカイン、ホルモンなどの濃度を測定することは基本的な手法です。ELISAやLuminexアッセイなどが広く用いられます。これらのバイオマーカーの変動パターンと代謝指標(血糖値、インスリン濃度、脂質プロファイルなど)との関連性を解析することで、候補分子の同定や生理的意義の検討が可能です。
- 組織における遺伝子・タンパク質発現解析: 骨格筋や肝臓の生検組織を用いた解析は、組織レベルでの応答を理解するために重要です。特定の遺伝子(例: マイオカインやヘパトカイン、それらの受容体、シグナル伝達分子をコードする遺伝子)のmRNA発現レベルをRT-qPCRで測定したり、タンパク質発現レベルやリン酸化状態をウェスタンブロットや免疫組織化学で評価したりします。
- Omics解析:
- トランスクリプトミクス: RNAシーケンスなどを用いて、骨格筋や肝臓組織における網羅的な遺伝子発現プロファイルを解析します。HIIT応答によって発現が大きく変動する遺伝子群を特定し、関与する経路を推測できます。
- プロテオミクス: 質量分析などを活用して、組織や血漿中のタンパク質を網羅的に解析します。分泌タンパク質(マイオカイン、ヘパトカイン)の同定や定量、特定のシグナル伝達経路に関わるタンパク質の状態変化(リン酸化など)を捉えることができます。
- メタボロミクス: GC-MSやLC-MSを用いて、組織や血漿中の代謝産物を網羅的に解析します。糖代謝、脂質代謝、アミノ酸代謝などの変動パターンを捉え、機能的な変化を評価できます。
- これらのOmics解析を組み合わせることで、HIITによる骨格筋・肝臓クロストークの複雑なネットワークを多角的に理解することが可能となります。
- 細胞培養系を用いた機能解析: 骨格筋細胞や肝細胞株を用いたin vitro実験は、特定のマイオカインやヘパトカインの直接的な作用機序を詳細に解析するのに有効です。組換えタンパク質を添加したり、siRNAやCRISPR-Cas9システムを用いて特定の遺伝子の発現を操作したりすることで、分子レベルのメカニズムを検討できます。
- 動物モデル: マウスやラットなどの動物モデルは、全身レベルでの骨格筋-肝臓クロストークや、特定の遺伝子操作(ノックアウト、トランスジェニックなど)がHIIT応答に与える影響を検討するために重要です。特定の分泌因子や受容体を欠損させたモデルを用いた研究は、その分子の生理的役割を明確にする上で強力な手段となります。
- 安定同位体トレーサー: 安定同位体(例: ¹³C-グルコース, ²H₂O)を用いたトレーサー実験は、生体内での代謝フラックス(例: 肝臓糖新生速度、骨格筋ブドウ糖取り込み速度、脂肪酸酸化速度など)を定量的に評価するために用いられます。これにより、HIITによる代謝経路の変化を機能的な観点から捉えることができます。
これらの手法を適切に選択し、組み合わせることで、HIITが骨格筋-肝臓クロストークを介して誘導する代謝性適応の全貌を明らかにする研究が進められています。研究デザインにおいては、ヒト介入研究(トレーニング期間、強度、頻度、対象者の特性など)と基礎研究(分子、細胞、動物レベル)を連携させることが、得られた知見の生理的意義や臨床応用可能性を高める上で重要です。
未解明な点と今後の展望
HIITによる骨格筋-肝臓クロストークに関する研究は急速に進展していますが、まだ多くの未解明な点が残されています。
- 複雑な相互作用ネットワーク: 骨格筋や肝臓から分泌される因子は多数あり、これらの因子が互いに、また他の臓器(脂肪組織、膵臓、脳など)由来の因子とどのように複雑に相互作用し、統合された全身応答を形成しているのか、そのネットワーク全体像の理解は今後の重要な課題です。
- 応答性の個人差: HIITに対する代謝応答には大きな個人差が存在することが知られています。この個人差が、骨格筋-肝臓クロストークにおける分子シグナル伝達の多様性にどのように起因するのか、遺伝的要因、エピジェネティック要因、腸内環境、栄養状態など、様々な側面からの解析が必要です。
- 疾患状態における影響: 肥満、2型糖尿病、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)などの代謝性疾患を有する個体におけるHIITによる骨格筋-肝臓クロストークの変化や、それが疾患の病態改善にどのように寄与するのか、詳細なメカニズムの解明が求められています。
- 最適なプロトコルの検討: HIITのプロトコル(インターバルの長さ、強度、休憩時間、セット数、頻度など)は多岐にわたります。異なるプロトコルが骨格筋-肝臓クロストークにおける特定の分子シグナルに与える影響の違いを明らかにすることで、特定の生理的効果(例: 血糖コントロール、肝臓脂肪減少)を最大化するための、より根拠に基づいたプロトコル設計が可能となるでしょう。
これらの未解明な点を克服するためには、前述したOmics解析やシステム生物学的なアプローチを用いた大規模なデータ解析、個々の分子の機能喪失/獲得研究、そしてヒト介入研究における分子メカニズムの検証を統合的に進めることが不可欠です。将来的には、HIITによって誘導される特定の分子シグナル経路を標的とした、運動効果を増強するような個別化された運動療法や、運動を模倣する薬剤の開発に繋がる可能性も考えられます。
結論
高強度インターバルトレーニング(HIIT)は、骨格筋と肝臓の機能に強力な影響を与え、両臓器間の分子シグナル伝達ネットワーク、すなわち骨格筋-肝臓クロストークを大きく調節することが、最新の研究によって示唆されています。マイオカイン(例: IL-6, Irisin, FGF21)やヘパトカイン(例: FGF21, Fetuin-A, SHBG)といった生理活性物質が、このクロストークの重要なメディエーターとして機能し、肝臓の糖・脂質代謝、骨格筋の糖取り込み・脂肪酸酸化、インスリン感受性などを統合的に調節していると考えられています。
HIITによる骨格筋-肝臓クロストークの有益な調節は、全身の血糖コントロール改善、脂質代謝異常の改善、インスリン抵抗性の解消といった代謝性適応の重要な基盤となります。今後、この複雑な分子ネットワークの全貌を解明し、個人差や疾患状態における応答の違いを理解することで、HIITを代謝性疾患の予防や治療に応用するための科学的根拠はさらに強固なものとなるでしょう。この分野のさらなる研究の発展が期待されます。