科学するHIIT

高強度インターバルトレーニング(HIIT)によるマイオカイン分泌応答:全身性適応における役割と分子メカニズム

Tags: HIIT, マイオカイン, 運動生理学, 分子メカニズム, 全身性適応

はじめに

高強度インターバルトレーニング(HIIT)は、短時間で高い運動強度を繰り返し行うトレーニング様式であり、心肺機能の向上、代謝機能の改善、体組成の変化など、多様な生理的適応を誘導することが多くの研究で示されています。これらの全身性適応のメカニズムを理解する上で、骨格筋が単なる運動器としてだけでなく、内分泌器官として機能し、様々な生理活性物質を分泌することが重要視されています。骨格筋から分泌されるこれらの生理活性物質は「マイオカイン(Myokine)」と呼ばれ、自己分泌、傍分泌、あるいは内分泌的に作用し、骨格筋自体のみならず、脂肪組織、肝臓、膵臓、脳、血管、免疫細胞など、様々な組織とのクロストークを介して全身の恒常性維持に貢献していると考えられています。

近年の分子生物学的研究の進展により、HIITが特定のマイオカインの発現や分泌を特異的に調節することが明らかになってきており、これがHIITによる顕著な生理的適応の基盤の一つであるという科学的知見が集積されています。本記事では、最新の研究論文に基づき、HIITが誘導する主要なマイオカインの分泌応答、そのメカニズム、そしてこれらのマイオカインが全身性適応にどのように寄与しているのかについて、学術的な視点から深掘りして解説します。

HIITによる主要マイオカインの分泌応答とメカニズム

HIITによって発現および分泌が変動するマイオカインは多岐にわたります。ここでは、特に研究が進んでおり、HIITによる生理的適応との関連が強く示唆されているいくつかの主要なマイオカインに焦点を当てて解説します。

インターロイキン-6 (IL-6)

IL-6は、かつて主に炎症性サイトカインとして知られていましたが、運動によって骨格筋から大量に分泌されることが明らかになって以来、マイオカイン研究の中心的な分子の一つと位置づけられています。運動強度依存的に分泌が増加し、特に高強度の運動であるHIITでは顕著な分泌応答が認められます。複数の研究(例:〇〇らのレビュー論文, 年)が、単回のHIITセッション後に血中IL-6濃度が一時的に急上昇することを報告しています。

運動中の骨格筋からのIL-6分泌は、筋線維内のカルシウムイオン(Ca2+)濃度の上昇や、グリコーゲン枯渇に伴う代謝ストレスによって活性化されるAMP-activated protein kinase (AMPK) やp38 mitogen-activated protein kinase (p38 MAPK) といったシグナル伝達経路が関与していると考えられています。例えば、培養筋管細胞を用いたin vitro研究において、電気刺激や代謝ストレス誘導剤の添加がIL-6 mRNAの発現を増加させることが示されています。

興味深いことに、運動によって分泌されるIL-6は、感染や組織損傷による炎症性IL-6とは異なり、主として抗炎症作用を持つことが示唆されています。IL-6は、腫瘍壊死因子-α(TNF-α)のようなプロ炎症性サイトカインの産生を抑制したり、インターロイキン-1受容体アンタゴニスト(IL-1Ra)やインターロイキン-10(IL-10)といった抗炎症性サイトカインの産生を誘導したりすることが報告されています。また、運動誘発性IL-6は、肝臓におけるグルコース放出を促進したり、脂肪組織における脂肪分解を亢進したりするなど、エネルギー代謝調節にも寄与することが示されています(図X参照)。HIITによるこれらの急性応答が、繰り返しのトレーニングによる慢性的な全身性適応にどのように繋がるのかは、引き続き重要な研究テーマです。

脳由来神経栄養因子 (BDNF)

BDNFは、神経系の発生、生存、機能維持に不可欠な神経栄養因子として知られていますが、骨格筋でも発現し、運動によってその発現・分泌が増加することが報告されています。特に、高強度かつインターバル形式の運動がBDNF応答を強く誘導する可能性が示唆されています。動物モデルやヒト介入研究において、HIITプロトコルが骨格筋および脳におけるBDNF mRNA発現やタンパク質レベルを増加させることが観察されています(例:△△らの研究, 年)。

骨格筋からのBDNF分泌メカニズムとしては、筋活動に伴うCa2+シグナルや、運動中の血行増加によるシアリダーゼ酵素の活性化などが関与する可能性が研究されています。分泌されたBDNFは、自己分泌的に筋リモデリングに影響を与える可能性に加え、血流を介して脳に到達し、海馬などの領域における神経新生、シナプス可塑性、神経伝達物質合成などを促進することが示唆されています。これは、HIITが認知機能改善や精神的健康に与えるポジティブな影響の一因であると考えられています。また、BDNFは全身のエネルギー代謝にも影響を及ぼし、インスリン感受性向上や脂肪細胞の代謝活性化にも関与する可能性が報告されており、HIITによる代謝改善効果にも寄与するかもしれません。

イリシン (Irisin)

イリシンは、FNDC5という膜タンパク質が切断されて骨格筋から分泌されるマイオカインです。当初、イリシンは白色脂肪組織の「ベージュ化」、すなわちエネルギー消費性の高いベージュ脂肪細胞への分化を誘導することで注目を集めました。運動、特に高強度の運動がFNDC5の発現を増加させ、イリシン分泌を促進することが複数の研究(例:□□らの研究, 年)で報告されています。

FNDC5の発現調節には、転写共活性化因子PGC-1αが重要な役割を果たすと考えられています。PGC-1αは運動刺激によって活性化され、その下流でFNDC5遺伝子の発現を促進します。イリシンは血流に乗って全身を循環し、特に白色脂肪組織に作用してUCP1などのタンパク質発現を増加させ、熱産生を高めることでエネルギー消費を増加させることが示唆されています。また、イリシンは骨格筋、肝臓、脳など、他の組織にも作用し、糖・脂質代謝の改善や神経保護作用、骨代謝への影響なども報告されています。HIITによる体脂肪減少や代謝機能改善といった効果に、イリシンを介したメカニズムが寄与している可能性が検討されています。しかしながら、ヒトにおける運動誘発性イリシン応答とその生理的意義については、研究間で結果にばらつきが見られることもあり、さらなる検証が必要です。

FGF21、SPARCなど

上記以外にも、HIITによってその分泌が変動し、全身性適応に関与する可能性のあるマイオカインとして、線維芽細胞増殖因子21 (FGF21)、SPARC (secreted protein acidic and rich in cysteine)、LIF (leukemia inhibitory factor)、IGF-1 ENa (insulin-like growth factor-1 ENa peptide) などが研究されています。FGF21は、主に肝臓から分泌されるヘパトカインとしても知られますが、骨格筋でも発現し、インスリン感受性向上や脂質代謝調節に関与することが示唆されています。SPARCは細胞外マトリックスのリモデリングに関与する一方で、脂肪組織とのクロストークを介して全身の代謝に影響を与える可能性が報告されています。これらのマイオカインについても、HIITがどのようなメカニズムでその発現・分泌を調節し、具体的な生理的効果に結びついているのか、分子レベルでの詳細な解析が進められています。

マイオカインによる全身性適応のメカニズム

分泌されたマイオカインは、様々な標的組織に作用し、HIITによる多様な生理的適応を媒介すると考えられています。そのメカニズムは複雑であり、複数のマイオカインが協調的あるいは相乗的に作用する可能性も指摘されています。

研究手法とマイオカイン研究の課題

マイオカイン研究では、血中濃度測定(ELISA, Luminexアッセイなど)、骨格筋組織におけるmRNA発現解析(RT-qPCR, RNA-Seq)、タンパク質発現解析(Western blotting)、細胞培養系や遺伝子改変動物を用いた機能解析など、様々な手法が用いられています。近年では、網羅的なプロテオミクス解析やマルチオミックス解析により、未知のマイオカインの同定や、複数のマイオカインが形成するネットワークの全体像を把握する試みも行われています(表Y参照)。

マイオカイン研究における課題の一つは、運動プロトコル(強度、持続時間、インターバル、頻度など)によって、分泌されるマイオカインの種類や応答パターンが異なることです。また、年齢、性別、トレーニング状態、疾患の有無といった個体差も、マイオカイン応答に影響を与える要因となります。これは、HIIT応答者・非応答者問題とも関連しており、特定のマイオカイン応答がトレーニング効果の予測因子となり得るかといった研究も行われています。さらに、骨格筋以外の組織(脂肪組織からのアディポカイン、肝臓からのヘパトカインなど)から分泌される液性因子との複雑なクロストークも存在しており、全身の代謝・生理応答を統合的に理解するためには、マイオカイン単独ではなく、これらの分泌因子ネットワーク全体を解析する必要があります。

考察:HIITにおけるマイオカイン研究の意義と展望

HIITがなぜ短時間で多様かつ顕著な生理的適応を誘導できるのかという問いに対し、マイオカイン応答は極めて重要な鍵を提供しています。運動によって活性化された骨格筋が、自らの代謝・機能調節に必要な因子を分泌するだけでなく、全身の他の組織と積極的に情報交換を行うことで、適応応答を全身レベルで協調させ、増幅させていると考えられます。

マイオカイン研究の進展は、HIITによる運動効果を分子レベルで理解する上で不可欠であり、読者である研究者や学生の方々が自身の研究テーマを深める上での重要な視点となり得ます。例えば、特定の疾患モデル動物や細胞株を用いて、特定のマイオカインのノックアウト/ノックイン実験を行い、HIIT類似刺激に対する応答や全身代謝への影響を詳細に解析する研究などが考えられます。あるいは、ヒトの介入研究において、運動プロトコルの違いによる特定のマイオカイン応答の差異や、マイオカイン応答と特定の生理的指標(例:インスリン感受性、VO2max変化率、血管内皮機能など)との関連性を統計的に解析するといった研究も有益でしょう。特に、マイオカインネットワークの複雑性を解明するためには、システムバイオロジー的なアプローチ(例:マルチオミックスデータの統合解析、ネットワークモデリング)が今後ますます重要になると考えられます。

今後の研究では、個体差の要因を考慮に入れたマイオカイン応答の層別化や、特定のマイオカインを標的とした疾患治療への応用可能性(ただし、これは基礎研究に基づいた学術的探求として)なども重要な方向性となります。例えば、運動によって分泌が促進されるマイオカインを模倣した分子や、その受容体を標的とした介入が、運動療法が困難な患者における運動効果の一部を代替し得るかといった基礎的な検討が進行しています。

結論

高強度インターバルトレーニング(HIIT)は、骨格筋からのマイオカイン分泌を強く誘導し、これらのマイオカインが代謝、炎症、神経機能など、全身の様々な組織に作用することで、HIITによる顕著な生理的適応を媒介していることが、最新の研究から明らかになっています。IL-6、BDNF、イリシンなどをはじめとする多様なマイオカインは、それぞれ異なる標的組織やシグナル伝達経路を介して、エネルギー代謝の改善、抗炎症作用、神経保護作用などに貢献していると考えられています。

マイオカイン研究は、運動生理学、分子生物学、代謝学、神経科学など、様々な分野を横断する学際的な領域であり、HIITの科学的根拠をより深く理解するための基盤を提供しています。未だ多くの未解明な点が残されていますが、個体差を考慮した応答の解明や、マイオカインネットワークの統合的な解析が進むことで、HIITによる運動効果のメカニズム解明はさらに深化し、基礎研究に基づいた学術的な応用への展望も開かれると期待されます。今後の研究の発展が注目される分野です。